大塚英志 物語の体操

気恥ずかしいけれど、こういうとこで言っとけば怠け者の僕にとってはいいだろう。前から考えてはいましたが、今思い立って小説を書いている、いや正確には書こうとしてます。といってもなーんも物語が浮かんでこないし、ちょっと文章を書いても恥ずかしいくらい凡庸。いつもならここで止めちゃうけど、今回は少し本気。ということで、この本も「本気で」読んでます。ここで大塚は「おはなし」の作り方を「マニュアル」として提示しようとしている。それも本気で(といってももちろん彼のこと、そこに批評性もこめてますけど)。

一体、小説で何を書いたらいいのか。
答えは単純です。
<おはなし>です。
<おはなし>が作れないから小説が書けないのです。あるいは途中でどう書き進めていいかわからなくなってしまうのです。
 ここで文学の専門家の人たちから、いや、小説と物語は異なるもので一緒にしてはいけない、そもそも物語を否定したり解体したりしていくのが文学だ、といった類の恫喝が予想されます。しかし小説家志願者はそんなことにひるんではいけません。
大塚英志 「物語の体操」 P14-15

今までの僕はここに大塚特有の諧謔精神も読み取っていただろう。でも、今の僕は本気でこの彼の言葉を信じようと思う。純粋な技術として「物語」の作り方を学び、そこに「私」が宿るのか「キャラクター」が宿るのかとにかく旅してみようと思う。