体の贈り物読了

レベッカ・ブラウン「体の贈り物」を読了。エイズ患者のホームケアワーカーの物語。柴田元幸氏が翻訳者あとがきに書いているように、下手すればいくらでも陳腐になりうる物語(患者とのふれあい、葛藤を安易に描く、など)を、ぎりぎりまで削り落とした言葉で、ミシミシと音がしてくるくらいリアルに描いているので、後半は読み進めるのが正直少し辛かった。死を運命づけられた人々を前に、プロとして出来る限り過剰な感情移入を排して接するのだけれど、患者が次々と亡くなっていく環境にいるうちに、彼女は徐々にその仕事を続けていくバランスを失っていく。もう辞めようと彼女が考え始めたその時、ベテランの同僚で尊敬すべき女性が病気(おそらくエイズ)になり、仕事を辞める事を知る。その彼女の送別パーティでのシーンが一番印象的だった。長いけど引用したい。

 突然、時間がない、という気になった。言わずに済ませたくなかった。「マーガレット」と私は言った。「あなたが病気になって、残念です」
 まわりはみんな大声で喋っている。デイヴィッドは隣の男と話していて、その男の故郷であるカリフォルニアの話をしている。だから私の言葉がマーガレットに聞こえたかどうかよくわからなかった。でも彼女の表情は柔らかくなった。
「ありがとう」と彼女は静かに言った。
「あなたはすごい人です、マーガレット。本当にすごいと思う。もし何か私にできることが―」
 彼女は何秒か私を見ていた。すごく感謝してくれているような表情だった。「ありがとう」と彼女はもう一度言った。このことを話せて喜んでいるように見えた。
 ところがその瞬間、デイヴィッドが隣の男に話している声が聞こえてきた。次の次の夏に、上の子が小学校を卒業したら彼とマーガレットで子供たちをディズニーランドに連れていくんだと言っていた。「次の次の夏」と言ったのを聞いて、私の目がさっとデイヴィッドの方を向いた。ほんの一瞬だったけれど、マーガレットは見逃さなかった。あとどれくらい生きられるのだろう、と私が考えているのを彼女は見てとった。
 私はマーガレットに謝りたかった。でも何も言えなかった。
 マーガレットはまだ私を見るのをやめていなかった。「あなたにやってもらえることがあるわよ」と彼女は言った。
 彼女は私の頬に片手を当てた。二人でリックを車に乗せたあのとき、彼女が私の顔に触れた手ざわりを私は思い出した。彼女の手が私の肌にくっつくのを感じだ。彼女は言った。
―「もう一度希望を持ってちょうだい」              「体の贈り物」p180-181

引用してなんだけど、もしかしたらこの部分だけだと、この本の雰囲気をうまく伝えきれていないかもしれない。主人公がほのかに感ずる患者に対する嫌悪感を描いたところなど、そういうリアリティにこそこの本の良さがあるとも言えるから。ただ、引用部のような、絶望に陥ってもおかしくないところに見出される希望、というやつに僕はやはり感銘を覚える。そういった感情をこれだけ簡潔に描ききっているところにレベッカ・ブラウンの凄みのようなものを感じている。